「パリ Paris」 カメラマン都筑 清の写真ブログ

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カテゴリ:エッセイ( 67 )


2005年 11月 29日

パリの特等席

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パリに降った雪は、翌日には跡形もなく消えていた。

より正確にいえば、数時間後には雪は消えていた。あの雪景色はまるで
幻影、イリュージョンであったかのように思われる。

僕は、あの数時間の幻影の時間に、すべて納得がいく写真が撮れたわけでは
なかった。「今度、雪が降ったら、、」と思ってしまう自分がいた。
このセリフが出たら、僕としては負け。

パリには、いたる所に緑色のベンチがある。このベンチこそ、パリの全てを
目撃できる特等席。僕はベンチになりたいと思うことすらある。


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by paris-tsuzuki | 2005-11-29 08:05 | エッセイ
2005年 11月 27日

パリに初雪〜ホワイトクリスマス

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朝、目が覚めると窓の外に
雪が舞っていた。

それだけで、気分がハイに
なる。

雪だ、雪だと子供のように
はしゃいでしまう。

思えば、今年の2月、パリに
雪が降ったとき、僕は東京に
いた。パリに住んでいる友人
カメラマンからのメールには、
雪景色のパリの写真が添付され
ていた。その時、僕は地団駄を
踏んでくやしがったものだ。
「あー、パリにいれば写真が
撮れるのに」と。

そして、今、僕はパリにいる。
ダウンジャケットに黒のベレー
皮のライダーブーツで完全武装。
カメラをつかんで、僕はそとへ
飛び出した。


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今日はパリ郊外のサンジェルマン・アンレーで撮影。



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パリの中心部よりも、郊外のほうが雪が積もる。

ここへ来て正解だった。



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♪犬はよろこび庭かけまわる♪♪

今日も僕のアタマのなかには、
陽気に歌が流れている。

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by paris-tsuzuki | 2005-11-27 05:39 | エッセイ
2005年 11月 25日

パリの空気

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僕がいつも思っていることは、
パリの空気を伝えること。

空気にニオイはないはずなのに
なぜか、パリにはニオイがる。

それは、メトロの中や街の中、
マルシェやカフェの中にもある。

饐えたようなカビ臭いニオイも
あれば、肉が焼ける香ばしい、
ニオイだったりもする。

一番、ニオイがなさそうな場所
に行ってみた。セーヌ川に。

でも、そこにはセーヌという
パリのニオイが川面を渡って
やってくる。

橋の欄干に両手をつき、鼻腔
いっぱいに息を吸い込む。


パリの空気が全身にしみわたる。

ああ、これがパリの空気だ。


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by paris-tsuzuki | 2005-11-25 08:41 | エッセイ
2005年 11月 21日

やがて、街はモノクロとなる。

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パリ2区。オペラ座から Rue
de la Paix を見渡す。

通りの向こうにヴァンドーム
広場のコロン(記念碑)が、
シルエットになって見える。

冬の斜光線は交差点で行き交う
何でもない人々の姿すらも、
ドラマティックなフォルムに
見せてくれる。


「パリはモノクロが似合う」
と言われることが多い。

確かに、パリでもアートとし
ての写真といえばモノクロと
相場は決まっている。

では、なぜモノクロ写真なの
であろうか。

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なぜ、パリはモノクロなのか?
それは、自然環境に由来すると
言わざるをえない。アジア諸国
と比較した場合、温帯から冷帯
に位置するパリの植物はほとん
どが落葉樹であり、冬はその葉
を落とすため、街の中にミドリ
という色はなくなる。

一方、日本を代表とするアジア
諸国では常緑樹が冬でも緑色の
葉をつけている。また、街を彩
るネオンや看板など、色彩にあ
ふれる環境。かかる自然環境に
そこに住む人々は影響をうける。

それゆえ、アジア人は色の情報に強い反応を示し、ヨーロッパ人は
色よりも形状、フォルムの情報により強い反応を示すという傾向が、
うかがわれる。もっと、わかりやすい言葉でいえば、アジアの人は
色をたくさん使うのが好きでそれに反応する傾向があり、ヨーロッパ
人は形にこだわる一方で、色をたくさん使うのを好まない傾向がある
ということ。なぜなら、冬になると石づくりの街並と曇った空に覆
われるヨーロッパでは、そもそも色がほとんどなくなる自然環境とな
るからだ。一番上のモノクロ写真のオリジナルは、下のカラー写真。
結局、カラーでもあまり印象が変わらないはず。それならば、フォルム、
シルエット、影の形がより、はっきりと印象づけられるモノクロのほうが、
カラーよりもより、説得力があるように思われる。

だから、「パリはモノクロ」ということになる。


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午後4時30分。

夕陽は地平線ギリギリの角度
から照らす。

そして、こんなにも僕の脚を
長くしてくれる。


容赦なく、しのびよる冬は、
やがて、街をモノクロにする。









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by paris-tsuzuki | 2005-11-21 07:20 | エッセイ
2005年 11月 18日

ボージョレ・ヌーボー解禁?その2

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11月17日 ようやくボージョレの解禁日。パリのカフェでは、上の写真のような
ポスターやメニューに "BEAUJOLAIS NOUVEAU"の文字が踊る。はたして今年は
どんな味なのだろう。ルーブル美術館の近くでの撮影の帰り道、僕はタダで味見の
できるボージョレを求め歩きだした。


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パレロワイヤルを抜けると、
Rue de Beaujolais (ボージョレ
通り)という名の通りがある。
何かやっているのでは、と思い
きや、特になし。

その裏手にあるパサージュへと
足を向ける。

ここは、ギャルリー・ヴィヴィ
エンヌという、ガラス屋根で
覆われた古い商店街。

中に足を踏み入れると、アコーデ
ィオンの音色が聞こえてくる。



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ワインバーもある、老舗の酒屋。

ボージョレ・ヌーボーのプロモー
ションイベントをやっているでは
ないか。やったー、試飲会だ。

「試してみてもよろしいですか」
と、フランス語で丁寧にお願い
する。


ボージョレを片手にアコーディオンの演奏に聞き入る。

19世紀の雰囲気を今なお残すパサージュで、ボージョレを味わう。
音楽はまるで、テレビで流れる「パリのイメージシーン」のよう。
ベタベタのパリだなあー、と思いながらも、気分は悪くない。


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まさに、至福のとき。

ボージョレをタダで味見するという
今日の任務は完了。

で、味はどうって? んー、まあ良いと
思います。ボージョレは、そこそこの質
のもので、パリのスーパーでは、600円
ぐらいで売っているものですから。


結論として、ボージョレ・ヌーボーとは、パリ・コレのようなもの
ではないだろうか。

すなわち、日本では大騒ぎだが、パリでは、全く気にしない人も多い、ということ。

以上、リアルなパリのボージョレ・ヌーボーレポートでした。

応援よろしくお願いいたします。

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by paris-tsuzuki | 2005-11-18 07:51 | エッセイ
2005年 11月 17日

ボージョレ・ヌーボー解禁?その1

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今日の深夜0時は「ボージョレ・ヌーボー解禁」
かかるニュースを日本のインターネットの記事で知った。
ああ、そうだったかと思った僕はジャーナリストのはしくれとして、
なんとしても、パリのボージョレ・ヌーボー解禁の瞬間を撮らねば
という使命感を感じた。

そして、11時30分過ぎに、とりあえず地元のカフェに行く。

まったく、気配なし。、、、次の流行っているカフェに。

まったく、気配なし。、、、やばい、0時になってしまう。

そうだ、シャンゼリゼあたりに行けば、何かあるはず。

駅に向かう。メトロの駅周辺でいちばん賑わっているカフェの前に

「ボージョレ・ヌーボー メニュー」なる文字が見えた。

とりあえず、入ってみる。

このボージョレ・ヌーボーは?と聞いてみる。

「明日だよ、明日」という答えしかかえってこない。

腕時計を見ると、まさに午前0時。しまった、その瞬間を撮りのがしたか、

と、あたりを見回す。  あいかわらず、酔っぱらいのオジサン達は

盛り上がっている。日付けが変わったことなど、おかまいなしに。

呆然と立ちすくむ僕は、一瞬のすきをつかれ、近くにいたオヤジに

抱きすくめられる。しまった、ここはゲイのたまり場だったのか、、、

ようやくオヤジの抱擁を振り払うと、オヤジは言う「オレを撮ってくれ」と。

アイヨとばかりに、よくわからないオヤジを撮る。

で、ボージョレ・ヌーボーは? と、カウンターのギャルソンに聞く。

明日だよ、明日。 オヤジの抱擁からようやく逃れた僕に早く行けと、

目で合図する。オーケー、メルシー、アドウマンと、命からがら言って

店をでる。今からシャンゼリゼに行っても何もないだろうと、家に帰る。


で、「ボージョレ・ヌーボー解禁」はどうなったんだろう?

明日こそ、パリの「ボージョレ・ヌーボー解禁」をレポートしてみせます。

お楽しみに、って。何か撮れるかな?


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だから、こいつが、その熱烈抱擁オヤジ。

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by paris-tsuzuki | 2005-11-17 08:58 | エッセイ
2005年 11月 16日

日仏生活比較学論序説 vol.2 距離感と民族性について

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ある日、メトロに乗っていると
車内にイスを持ち込んでいる人
に出会った。思わず、その椅子
は蚤の市で買ったの?などと、
尋ねてみる。すると、母親の家
で使わなくなったので、自分の
部屋に持ってくることにしたの
だと、言う。

ああ、そう。いいねー。などと、
メトロの車内で軽く世間話など
をする。

こういう事はパリのメトロでは、
日常的なこと。しかし、日本では
知っている人でない限り、電車
の車内では会話をすことなど、
通常ありえない、という社会的
な「常識」というヤツがある。

それは、なぜなのかについて、
今日は考察をくわえていこう
と思う。


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これらの違いが生じる第一の理由は、「距離感」。
人との間にとる無意識の距離感が日本よりもフランスの方が近く
感じる時がある。まず、話をしようという感じで目があったら、
まあ、話せば、という雰囲気がある。
次に、民族性ということに関わってくる。いわゆる地中海系の
ラテン民族という、スペイン、フランス、イタリアという国々
の人達の特性に由来する。すなわち、ラテン民族の人達は習慣
として、目を見て話し込むという特性がある。この習慣自体は
どうということはない。そういう習慣があるということに過ぎ
ない。問題は、その習慣をどのように人がとらえるか、という
こと。それは、人との関わりに関する儒教とカソリックという
宗教的なココロの問題に関わると言わざるをえない。つまり、
わかりやすく言えば、フランス人やイタリア人の男のひとが、
日本の女性を含めてだれかれかまわずに、熱心に語りかける
様子は、儒教的には「不誠実な人」ということになる。なぜ
なら、「クチがうまい人は信用してはならない」という儒教
の伝統的な判断基準があるからだ。一方、ラテン民族側から
すれば、挨拶もしないような人は信用してはならない。という
考え方がある。ロクに目をみることなく、ひたすら頭を何回も
下げて意味もなく謝る人達は不可思議な存在に映る。目の前に
いるのに、何も見ていないような所作をすることや、軽々しく
見知らぬ人とはクチをきかないことを「品格がある」と考える
儒教的な道徳観はラテン民族に理解されることは、まずない。


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そして、皆、嬉しそうに椅子を
運んでいく。



さて、まとめとしてラテン民族が主流を占めるパリで
楽しく過ごす方法を教えよう。

「目を見て必死でフランス語で話すこと」たとえ言葉が下手でも。
郷に入れば郷に従え、という日本の素晴らしい言葉もある。

もともと、ラテンなノリの僕としては、いたく住み心地のよい場所だと、
つくづく思う。


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by paris-tsuzuki | 2005-11-16 11:06 | エッセイ
2005年 11月 15日

自分の写真 vol.1 写真の中に写っているもの

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メトロ5号線、ガールドオーストリッツ駅でのスナップ。
鉄骨の交差する具合とホームに貼ってあるポスターの入れ具合の構図を一瞬のうちに
計算して撮った。クールな感じが格好いい写真だと、自分では思っている。
もし、共感していただけるならば、上のオレンジ色のところをクリックお願いします。

「自分の写真」とは何なのか、たまに自問してみることがある。写真を撮ることが
好きなので、カメラマンという仕事をしている。好きなことを仕事に出来るという
幸運にめぐまれていると思う。ただ、やはり仕事に縛られるということもある。
こうしてブログという無報酬の本来自分の好き勝手を書いてよいメディアだったと
しても、自分が書こうとする文章に縛られてしまう。すなわち、このテーマで書き
たいから、この文章にわかりやすい写真を選ぼう、といった具合だ。

今、ここで僕が言いたいことは「もっと自由に撮り、好きなように表現していこう」
ということ。僕自身の「こころ」を自由にしていきたい、と思っている。確かに、
これは、僕自身の内面の問題のように思われるが、これは僕だけの問題ではない。
この写真を見てくださる「あなた」の心の姿勢が問われている。具体的に言えば、
上の写真を見た時にパリのメトロはなんだか怖いところなのでは、という印象を
持ってしまった人がいるとする。それは、「あなた」の心の持ち方の問題。
本当はパリのメトロは、ごく普通の公共の乗り物であり、怖い思いをするような
ものではない。このように、僕と写真を見てくれる人との関係も写真にとっては
大切なことだと、僕は思う。


では、写真が縛られるとは、どういうことかを説明しよう。


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例えば、凱旋門の写真を雑誌で
使いたい。という依頼を受ける。
多くの場合、取材の合間に撮る
ことになる。時間帯や天気など
選ぶ余裕はない。とすれば、こ
んな感じになる。扱いも小さい
ので問題はない。
しかし、これが「自分の写真」
とは言えない。文字通り、誰
でも撮れる写真だ。


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この写真なら、少しは「自分の写真」とは言える。ご共感いただける
ようでしたら、クリックお願いします。

凱旋門の下にはためくトリコロールを愛国心いっぱいに表現しているワケです。
この旗のブレ具合とか、ふくらみ具合とかが、職人でありアーティストとしての
こだわり。本当はこれでも、パーフェクトとは思わないが、許容範囲内。

ただ、この写真は「凱旋門のイメージ」としては使えるが、「凱旋門」を説明
するための写真としては、使いにくい。そして、上のような写真が、雑誌など
では掲載される。ということになる。雑誌や広告が何をどう説明し、どういう
イメージで使いたい、ということに文句を言うほどアオくさいわけではない。
仕事はシゴトとして、僕の写真を使って頂けるのは嬉しい限り。それに何かを
言おうというのでは、ない。それに自分の写真が縛られないようにしよう。
自由な心と自由な表現は決して最後の瞬間まであきらめない、という心意気を
自らのこころに命じよう、という言わば自戒の意味合い。


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凱旋門の上にあがるための螺旋階段。
本当はこういう写真が好きなんです、僕は。だって、何か感じるでしょ。
皆が、黙々と登っていくのだが、なんだか不思議な空間のような感じが。


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そして、凱旋門の上に登る。天候は、万全ではない。

ただ、なんだか細かいところまで見たくなる写真だと思う。

誰でも撮れる写真かもしれない。でも、これは僕の写真。

何が写真の中に写っているかだけではなく、もっと多くのことを見てもらいたい。

写真の中には、僕の想いと、生き様、あるいは人生が、写っている。

それが、「自分の写真」だと、僕は思う。


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by paris-tsuzuki | 2005-11-15 07:50 | エッセイ
2005年 11月 09日

日仏生活比較学論序説 vol.1 クルマと空間概念

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非常事態宣言! というワケではない。パリでは日常的な光景。
右のクルマが駐車スペースから出るために、左のクルマのバンパーを押している。
確かに、コレを日本でやれば損害賠償ものだ。しかし、パリでは珍しくはない。
駐車スペースが狭いため、こうしないとクルマが出られないからだ。

日本に帰った時に気づいたことは、日本のクルマは皆、大きいということ。かく言う
僕も、日本では、オデッセイという6人乗りの大きなクルマに乗っている。
一方、パリで見かけるクルマは総じて小さい。ハッチバックの3ドアタイプが主流。
パリの街は一方通行の道が多いため、それほど道幅の狭さは感じない。ただ問題は
駐車スペースが狭いことにある。誰もが驚くほどの巧みさで、狭い場所にクルマを
器用に駐車してみせる。パリでは、道幅というよりも、駐車スペースとの関係で、
小さなクルマが主流になっていることが、わかる。


ところで、僕の住むパリのアパルトマンは天井の高さが2m60cmあり、トビラは
2m10cmもの高さがある。もちろん特に高級なところに住んでいるわけではない。
ごく一般的な建物。そして、パリの家賃の相場は25〜30平方メートルで10万円
前後。もちろん地区や場所によって大きく値段は違うのだが、パリ市内が東京で言う
山の手線の内側ぐらいの地域に過ぎないことを考えれば、パリの家賃は東京の都心部
の家賃と比べて、東京と変わらない、あるいは、やや安いとも言える。

さて、今の家賃は1平方メートルあたりの値段を平面的に比較した場合の話。天井の
高さのことは計算にはいっていなかったはず。しかし、人が住む空間とは、人間が
3次元的存在である以上、平方メートルではなく立方メートルで比較すべきでは、
ないだろうか。ここまで書けば、ご理解いただけますでしょう。パリは天井が高い。
したがって、立方メートルという空間の単価からすれば、東京よりも家賃はかなり、
安い。という計算式が成り立ちうることになります。

こうして考えてみると、クルマは広いが、家は狭くて高い東京。クルマは狭いが、家は
広くて安いパリという構図が出来上がる。どちらが、いいとは言わないが。どちらが、あなたは好きですか、とは言えます。

僕の個人的見解からは、生活様式、ライフスタイルの違いから、生まれてきた差異のように感じられる。なぜなら、僕が東京にいた頃は、一日の大半(16時間ぐらい)を
クルマでの移動と撮影の現場で過ごし、部屋では寝るか、デジタルの画像処理をして
いる、というライフスタイル。したがって、このライフスタイルの場合は、クルマは
広い方が快適で、寝るだけなら、高い天井は必要ない。というのが、合理的な結論
とも言えるからです。



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こうして、何事もなかったかのようにクルマは出ていく。



こんな、日本とフランスとの生活に根ざした素朴な疑問を比較し、考えてみる。
「日仏生活比較学論」(ニチフツセイカツヒカクガクロンって舌を噛みそう)

ちょいとばかり、「へー」と思ったら(あの番組まだやっているのでしょうか?)
下のオレンジ色のところ、クリックよろしくお願いいたします。


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by paris-tsuzuki | 2005-11-09 08:50 | エッセイ
2005年 11月 03日

ニッポン10日間の旅 vol.3

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週が明ければ、分刻みのスケジュールがはじまる。コンビニのおにぎり
が昼メシの定番。この味が結構、懐かしかったりする。撮影、打ち合わせに編集部への
挨拶まわり。日本の出版社の仕事をメインにしている僕にとって、「挨拶まわり」は
生命線ですらある。パリという場所は東京から見れば、いわば「離れ小島」。限られ
た時間の中で、お世話になっているところへ、顔を出す。その合間をぬうように東京
時代からのクライアントさんの撮影。僕がパリから帰ってくるということで、撮影の
スケジュールを合わせてくれている。ありがたさに頭が下がる。馴染みのスタッフと
再び、一緒に仕事ができるのは、格別の楽しみですらある。「ワリいな、ちょいと
ばかり手伝ってくれないか」と東京時代のアシスタントに復活を要請。何か大事な
約束を、うっかり忘れていないかと、気がきではない。それが、東京での時間。


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渋滞する首都高から東京タワーを
撮る。薄曇りの中、肩をすぼめる
ように立っている。エッフェル塔
に比べると、お前もずいぶん窮屈
な思いをしているのだな、と妙な
同情すら感じてしまう。逆に、
あまり周囲に対して主張というか
存在感を誇示しないところが、
「東京」タワー、らしいのかも。


短い滞在時間を有効に使おうと、
睡眠時間が削られていく。2,3
時間しか眠れない日々が続き、
あえなくダウン。撮影にカメラ
マンが遅刻という失態を演じる。
幸い、アシスタントが準備をして
くれていたため、本番の予定に
影響は出なかった。

時差ボケなのか、睡眠不足なのか
わからない睡魔に襲われる。移動
の合間にクルマの中で仮眠をとる
しかない。


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そして、ニッポン最終日。
馴染みのカフェ、オーバカナル
紀尾井町へ。友人達と最後の
食事。そして、名物ギャルソン
「よしだ よしてる」氏と再会。
再会を祝して乾杯をする。

思えば、慌ただしい10日間。
仕事ばかりではなく、もっと
日本を楽しめば、とも思った。
しかし、日本で暖かく迎えて
下さる人々、友人達に恵まれ
たことに感謝しています。
あらためて、自分を支えて
下さる方々に対する感謝の
気持ちでいっぱいです。

この場をかりてお礼を申し
あげます。

本当にありがとうございます。

パリで、もっとガンバリます。



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帰りは、ソウル経由の大韓航空。
免税店でヨン様と出会う。

食べて、飲んで、眠れば
パリに着く。

今回のニッポンへの旅で、
再び、パリという街を新鮮
に見ることが出来ると思う。

また、日本とフランスの
物事に対する考え方や、
感じ方について、様々な
角度から見ることができ
る気がする。

折りをみて、日仏の文化、
あるいは生活観の比較に
ついて、書いてみようと、
思っています。

「ニッポン10日間の旅」
終了。


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by paris-tsuzuki | 2005-11-03 03:50 | エッセイ