「パリ Paris」 カメラマン都筑 清の写真ブログ

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2006年 02月 07日 ( 1 )


2006年 02月 07日

それは、あまりにも個人的な記憶

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モンマルトルの片隅にトルワフレール通り
という、あまりパッとしない通りがある。
直訳すれば三兄弟通りという名前の通りに
僕が初めてパリを訪れた時に、長逗留を
決めこんだ安宿があった。ユーロになる
以前の時代とはいえ、一泊三千円以下
の割には広く、不釣り合いなほど大きな
ベッドが置いてあった。トイレは部屋の
外にあり、浴室はもちろん共同。朝のシャ
ワーの時間帯には、列ができる。タオルを
持ってドアを開けるとワンピースにしては
短過ぎるが、Tシャツとしては長い丈。
その下にブーツだけを履いた金髪の女性
がシャワーを待っていた。惜しげもなく
見せつける脚から視線が外せなかった。
彼女は階段の欄干に腰をもたせかけて、
悠然とした表情でタバコをふかしている。
「ボンジュー」と微笑みかけられた僕は、
「ぼんじゅー」とだけ挨拶すると、不自然な
ぎこちなさで部屋に戻ってしまった。今でも
覚えているくらいに、ドキドキしたものだ。

そのホテルは今はもう、存在していない。



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そのホテルがとうの昔に潰れてしまったの
は知っていたのだが、僕はこの界隈に来る
と必ずここを訪れる。もしかしたら再開され
ているのでは、という一縷の望みがこの場所
に足を向けさせるのであろうか。

かつてホテルの名を記したプレートと料金表
が貼ってあった場所には、コンクリートを剥がし
た跡が残っているだけだ。

それはまるで、幼いころを過ごした家を探す
のに似ている。近所の駄菓子屋。おばあちゃん
の飼っていたネコ。おばちゃんもネコも、今は
もう死んでしまったかも知れないけれど、その
駄菓子屋が今でも、そこにあったりすると妙に
気持ちが落ち着く。「郷愁」というやつなのか
なぜか、故郷を懐かしむような気持ちが、
モンマルトルの丘にはある。
あの頃は今よりもっと貧乏で、寒くて、さびし
かった。ホテルのオヤジがフランス語が下手
な僕に英語で話しかけてくれるのが嬉しかった。
時代遅れのカメラを首からブラ下げパリの街を
ほっつき歩いていた。フィルムを買う金もろくに
ないのに気分はプロカメラマンだった。


今は最新型のデジタルカメラも持っている。
実績のあるプロカメラマンだと胸も張れる。

でも、あのホテルはもう撮ることはできない。
あのオヤジも受付の入れ歯のおばあちゃんも
今は、もう撮ることが出来ない。

これは僕自身の、あまりも個人的な記憶かも
しれない。

でも、今という時が一瞬にして失われてしまう
はかなきものと知っているから、僕は今日も
写真を撮る。


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by paris-tsuzuki | 2006-02-07 07:44 | エッセイ