「パリ Paris」 カメラマン都筑 清の写真ブログ

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2006年 01月 08日 ( 1 )


2006年 01月 08日

それは、あまりにもフランス的な vol.1

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事の顛末は以下のような経緯をたどった。

2005年12月29日 マッキントッシュ(以下マックと略す)と
インターネットを繋ぐモデムのコードに足をひっかけ、コードが切断
された。そのモデムはとても古いタイプのもので元々マックとの相性
も悪かった。そこで、古いモデムは修理もきかないのでモデムを買い
替えることにした。どうせなら、コードをひっかけないように無線
LANにしようと僕は思い立った。そこで僕がフランスで使っている、
プロバイダーwanadooの親会社であるフランステレコムに電話をし
ようと思った。フランス語で何と説明するか辞書を引きながら、あら
かじめ構文を作ってみたが、多分フランス語で電話で説明をするのは
難しいと思い、フランス人の友人、フランソワに電話をした。彼は
笑いながら「それはツヅキには出来ないよ、僕がやってあげるよ」
フランソワの安請け合いが、後の悲劇を呼ぶとはその時は想像する
ことすら、出来なかった。

こうして、年末から年始にかけてのネット狂騒曲が始まった。

1、12/29 フランステレコムは時間がかかるので市販のモデムを買う。
  
2、無線LANにすると回線速度があげられるので、フランステレコム
  の窓口に行きコース変更をする。

3、自宅に帰りモデムをつなげるが接続出来ず、この日は終了。

4、12/30、フランステレコムに行き純正のモデムに変更し、市販の
  モデムを返品する。

5、再び、自宅でチャレンジする。フランステレコムのサービス
  ダイヤルに電話するがインターネットに接続できない。

6、フランステレコムの他の部門に電話をしたところ、コース変更
  をしたので回線工事のため翌年1/3まで回線を切断したとのこと。

7、何時間も設定を繰り返したあげくの答えがコレだった。結局、
  「日本には年を忘れる会がある」と僕は言って、フランソワと
  忘年会をした。12/30

8、1/3、回線の反応なし。1/4、回線の反応なし。撮影日程がはいって
  いたため忙しかった。

9、1/5、フランステレコムに電話。回線に異常なく工事は完了した
  とのこと。

10、緻密に分析を重ね、検証を行ってみた。なぜ、回線が繋がら
   ないのか。モデムのセッティングもマックの設定も完璧。
   フランステレコムの回線も工事が完了している。唯一、
   考えらる可能性は電話のモジューラージャックだった。

11、電話線とADSL回線の接触部分の問題しか考えれれなかった。
   そこで、接触部分を分解してみた(写真参照)。
   ココしか原因は考えられない。

12、接触部分のゆるみを締めてモジュラージャックを繋ぐ。
   回線が繋がる。フランソワと握手して、今までの苦労の
   礼をいう。完全復活。

13、愚かにも僕はジャックのカバーをしていなかったので、
   カバーをとりつけるため、いったんジャックを外した。
   それから、2度と回線が復活することはなかった。
1/5〜1/6深夜にかけて数十回、試みる。

14、1/6、近所のフランステレコムの営業所に行く。工事が
   必要だからだ。フランステレコムと修理の工事をする会社
   は別会社とのことなので、何回か電話を書け直す。


15、モジュラージャックの工事は「とても運がいいことに」
   1/9の月曜日に来てくれるそうだ。


文章にすると、とても読める量ではありませんので箇条書きにて
事態の経緯を説明させていただきました。


それは、あまりにもフランス的。一向に事態は解決の方向に向かう
様子はなく、遅々として進まない。

これが「フランス」だそうです。友人は2ヶ月も電話が繋がらなく
なったと、フランソワは笑っている。

1月9日に回線は復活するのか、乞う御期待。


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この場を借りて、フランソワに礼をいう。ありがとう。

そして、緊急のメール以外、返信出来ない状態をお許し下さい。

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by paris-tsuzuki | 2006-01-08 08:00 | エッセイ