「パリ Paris」 カメラマン都筑 清の写真ブログ

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2005年 11月 15日 ( 1 )


2005年 11月 15日

自分の写真 vol.1 写真の中に写っているもの

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メトロ5号線、ガールドオーストリッツ駅でのスナップ。
鉄骨の交差する具合とホームに貼ってあるポスターの入れ具合の構図を一瞬のうちに
計算して撮った。クールな感じが格好いい写真だと、自分では思っている。
もし、共感していただけるならば、上のオレンジ色のところをクリックお願いします。

「自分の写真」とは何なのか、たまに自問してみることがある。写真を撮ることが
好きなので、カメラマンという仕事をしている。好きなことを仕事に出来るという
幸運にめぐまれていると思う。ただ、やはり仕事に縛られるということもある。
こうしてブログという無報酬の本来自分の好き勝手を書いてよいメディアだったと
しても、自分が書こうとする文章に縛られてしまう。すなわち、このテーマで書き
たいから、この文章にわかりやすい写真を選ぼう、といった具合だ。

今、ここで僕が言いたいことは「もっと自由に撮り、好きなように表現していこう」
ということ。僕自身の「こころ」を自由にしていきたい、と思っている。確かに、
これは、僕自身の内面の問題のように思われるが、これは僕だけの問題ではない。
この写真を見てくださる「あなた」の心の姿勢が問われている。具体的に言えば、
上の写真を見た時にパリのメトロはなんだか怖いところなのでは、という印象を
持ってしまった人がいるとする。それは、「あなた」の心の持ち方の問題。
本当はパリのメトロは、ごく普通の公共の乗り物であり、怖い思いをするような
ものではない。このように、僕と写真を見てくれる人との関係も写真にとっては
大切なことだと、僕は思う。


では、写真が縛られるとは、どういうことかを説明しよう。


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例えば、凱旋門の写真を雑誌で
使いたい。という依頼を受ける。
多くの場合、取材の合間に撮る
ことになる。時間帯や天気など
選ぶ余裕はない。とすれば、こ
んな感じになる。扱いも小さい
ので問題はない。
しかし、これが「自分の写真」
とは言えない。文字通り、誰
でも撮れる写真だ。


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この写真なら、少しは「自分の写真」とは言える。ご共感いただける
ようでしたら、クリックお願いします。

凱旋門の下にはためくトリコロールを愛国心いっぱいに表現しているワケです。
この旗のブレ具合とか、ふくらみ具合とかが、職人でありアーティストとしての
こだわり。本当はこれでも、パーフェクトとは思わないが、許容範囲内。

ただ、この写真は「凱旋門のイメージ」としては使えるが、「凱旋門」を説明
するための写真としては、使いにくい。そして、上のような写真が、雑誌など
では掲載される。ということになる。雑誌や広告が何をどう説明し、どういう
イメージで使いたい、ということに文句を言うほどアオくさいわけではない。
仕事はシゴトとして、僕の写真を使って頂けるのは嬉しい限り。それに何かを
言おうというのでは、ない。それに自分の写真が縛られないようにしよう。
自由な心と自由な表現は決して最後の瞬間まであきらめない、という心意気を
自らのこころに命じよう、という言わば自戒の意味合い。


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凱旋門の上にあがるための螺旋階段。
本当はこういう写真が好きなんです、僕は。だって、何か感じるでしょ。
皆が、黙々と登っていくのだが、なんだか不思議な空間のような感じが。


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そして、凱旋門の上に登る。天候は、万全ではない。

ただ、なんだか細かいところまで見たくなる写真だと思う。

誰でも撮れる写真かもしれない。でも、これは僕の写真。

何が写真の中に写っているかだけではなく、もっと多くのことを見てもらいたい。

写真の中には、僕の想いと、生き様、あるいは人生が、写っている。

それが、「自分の写真」だと、僕は思う。


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by paris-tsuzuki | 2005-11-15 07:50 | エッセイ