「パリ Paris」 カメラマン都筑 清の写真ブログ

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2005年 08月 26日 ( 2 )


2005年 08月 26日

勝手にしやがれ 番外編 2004夏

勝手にしやがれ 番外編

Paris est Paris 〜パリはパリさ〜

このエッセイはモータマガジン社刊 「月刊カメラマン」2004年
10、11月号に連載されたものに加筆、修正を加えたものです。


頭痛

「パリまでの航空券を一枚。今からイチバン早く出発できて、イチバン安いのをお願
いします」旅行会社のカウンターに身を乗り出すようにして僕は言った。
 2004年7月、東京は記録的な猛暑に襲われていた。3ヶ月以上、一日も休みを
とれる日がなかった。撮影のない日はデジタルの処理。いつの間にか、頭の芯にいつ
も鈍い痛みを感じるようになっていた。撮影日程の変更が2件続いた。ポッカリと空
いた2週間。「パリに行くしかない。陽の長い、7月のパリに」

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 翌日出発の航空券をキャッシュで払った2時間後には撮影依頼の電話が3件。携
帯電話を握って頭を下げる。フリーランスのカメラマンにとって仕事を断るのは
ツラいが、「人生は楽しむためにある」。パリの友人達にメールと国際電話。アシス
タントに空港から指示を出す。手荷物検査はいつものようにフルオープン。いい機会だ、今回の装備を紹介しよう。コンタックスNデジタルに50mmと17〜35mm。コンタックスRTS3、アリアD、21mm、28mm、35mm、50mm、60mmマクロ、85mm、180mm。 ソニーF828。マッキントッシュG4ノート17インチに外付けハードディスク。替えの下着と靴下は各1枚。呆れ顔の警備員の目をよそに、歩くヨドバシカメラのような品揃えをバックパックに再び詰め込む。香港経由のキャセイパシフィックは、パリまで19時間。睡眠不足の解消にはうってつけ。僕は缶ビールをひと息で飲み干し、意識を失った。


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黒い大地が見えてきた。フランスだ。空港からのバスはストで止まっている。僕はアメリカ人女性と乗り合いで、タクシーでパリ市内へと入った。エッフェル塔の足元を通り抜け、ラモットピケに到着。日曜の朝9時。友人を電話で起こすのは気が引けた。駅前のカフェに入り、朝食のセットを注文する。小さなフランスパンに、バターとアプリコットジャム。そして、カフェオレ。口の中に素朴な甘さとサクサクとしたパンの食感が広がる。ギャルソンが窓を拭く様子を眺めながら、思った。「パリに帰ってきたんだ」ひんやりとするぐらいの乾いた風が吹き抜ける。いつしか、頭の芯にあった鈍い痛みはなくなっていた。

マレ地区

 翌日、僕はパリ在住20年のベテランの写真家H氏と会うためにマレ地区にいた。
マレ地区は、美術館やファッション関係者の多い地区。東京で言えば原宿から表参道、
青山といった場所だ。「昼メシでも食いに行こうや」そうH氏は言うと、僕を近く
のカフェに連れて行ってくれた。分厚いステーキに赤ワイン。フランス流の重厚なデ
ジュネ(昼食)を楽しみながら、日本の写真界の話、カメラやレンズ、デジタルカメラといった話をしていた。その時、隣の席に座っていた30代くらいの男性が話しかけてきた。
ライターの火を貸してくれないか、という他愛のないきっかけから話が広がった。そ
の男性、シルヴァン氏は、マレ地区のモデルエージェンシーで働いており、東京に
も行ったことあるという。「フォトグラファーか。ウチの事務所に遊びに来ないか」
と声をかけられ、僕はパリのモデル事務所をのぞいてみたくなった。


エージェンシー

 その日の夕方、僕はシルヴァン氏の勤める「Vモデルマネージメント」を訪れた。オフィスの壁一面には、ヴォーグの表紙を飾るようなモデルの写真が何十枚と貼られている。本格的なファッションモデルのエージェンシーのようだ。僕は17インチのマッキントッシュを広げ、「これが僕のブックです」とシルヴァン氏に作品を見てもらった。音楽とともに次々と画像の変わる僕のスライドショーを見たシルヴァン氏は「お前は面白いフォトグラファーだな」と言い、ベテランの女性マネージャー、マダム ラベルを連れてくる。彼女は腕組みをしたまま僕の作品を見ると、こう切り出した。「あなたは、ウチのモデルを使ってテストシューティングをしてみたい?」「ウィ、ビアンシュール(はい、やりたいです)」「そう、じゃあ明日のお昼過ぎに来て。モデルに会わせるわ」「あの、撮るのにモデルのお金を払わなければならないのですか?」「あなたが撮った作品を提供すればタダよ」「オーケー、明日午後1時に来ます」パリで本格的なファッションモデルの撮影ができるかもしれない。パリはカフェでもチャンスが転がっている。期待に胸を膨らませ、僕はエージェンシーを後にした。


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孤立無援

目の前には3人のヨーロッパ人モデルがいた。身長は180cmぐらいはある。16歳から18歳ぐらいだろうか、ノーメイクの彼女達は、まだあどけない少女といった印象だ。
パリのモデルは東ヨーロッパ出身の者が多い。フランス人がエキゾチシズムを好むからだ。コミュニケーションは英語。僕は強い印象のセクシーな女性が撮りたい、と伝える。ジュスティナという黒髪のモデルが特に僕の作品を気に入ってくれたようだ。
スケジュールの調整をマネージャーのマダム ラベルとすることになった。「どの娘が撮りたいのかしら」「ジュスティナが僕のイメージにあうな。でも、3人まとめてもできますよ。東京ではもっとたくさんのモデルを一度に撮ってますから。ところで、ヘアメイクやスタイリング、それからスタジオはどこが使えるのかな」
マダム ラベルの表情が険しくなる。「ムッシュ ツヅキ、パリではね、ヘアメイクもスタイリングも全てフォトグラファーがコーディネイトするの。私達エージェントはモデルを手配するだけなの。あとは全部フォトグラファーがするの。それがパリのやりかたなの。あなたにコーディネイトができるのかしら?それからね、パリのスタジオは高いわよ。」「・・・・んー、あー、・・・」僕は言葉が出なかった。ここは日本ではない。なじみのヘアメイクのコージローさんもいなければ、トニーアンドガイのスタッフもいない。スタジオの手配をしてくれる雑誌社の編集者もいなければ、アシスタントすらいない。僕は通りすがりの外国人にすぎないのだ。「あー、ちょっと考えて、えー、みます」「あら、そう。あなたはいつまでパリに滞在しているのかしら」時間もなければ、コネもない。孤立無援の状態だった。「あー、明日、またー、電話します」「明日はキャトルズジュリエ、国民の祝日でお休みなの。明後日に電話してね」僕はなす術もなく、シッポを巻いて退散した。

 自分ひとりでは何もできない。あらためて東京にいた時の周囲の人のありがたさを感じた。あきらめるしかないのか。絶望を胸にパリの街をさまよい歩く。いつしかたどりついたのはチュイルリー公園だった。そこで僕は「あの男」に再会した。数年前、初めてパリに行ったとき、この公園で出会った頭に手をやるポーズの「悩む男」の彫像だ。彼は数年前と同じポーズでまだ悩み続けていた。コイツ、まだ悩んでいやがる。僕は当時と同じ構図を探してデジタルカメラのシャッターをきった。自然と笑いがこみあげてくる。悩んでいてもはじまらない。コイツは昔のまんまだが、僕はちょっとは成長している。何か打つ手はあるはずだ。考えてみたら朝から何も食べていなかった。肉を喰おう。近くのカフェにはいり、威勢よくステーキを注文する。ここは肉食の国だ。自分の獲物は自分でとる。それができなければ、くたばるだけだ。
考えろ。何か打つ手はあるはずだ。血のしたたる肉のかたまりを噛みしめながら、僕は考え続けていた。


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勝手にしやがれ

「やってみるしかないか」勢いをつけてベッドから起きあがる。ひとつの無謀とも思えるアイデアを思いついていた。東京ではトニーアンドガイというロンドンに本拠を持つ世界的なヘアサロンの撮影の仕事をしていた。ロンドンのヘアスタイルブックには日本人のフォトグラファーとしては最多の作品数も掲載されている。この実績をいかせば何とかなるかも知れない。インターネットで調べてみるとトニーアンドガイはパリに4つのサロンを持っていることがわかった。電話をしてもラチがあかないだろう。飛び込みでサロンに行き直談判してみるしかない。4つのサロンで全て断られたら、金を払えばいい。100ユーロ(約13,000円)も払えばスタイリングはしてくれるはず。ただ、トニーアンドガイは高級なヘアサロン。いきなり行っても忙しくて相手にしてくれないかも知れないし、赤っ恥じをかくだけかも知れない。でも、ここでじっとしていても何も始まらない。やはり、行くしかない。あとは勝手にしやがれだ!

まずは一軒目、マレ地区から最も近いティクトンヌ通りのサロンへと向かった。
「ボンジュール(こんにちはー)、トニーアンドガイ ジャポンのフォトグラファーでツヅキといいます。あのー、パリに来たので、ちょっと寄ってみようかな、とか
思いまして・・・」あやしげなフランス語で声をかけながら店内に入る。「それでー、
ですネー、あー、ジャポンで僕が撮った作品とかをですね、見ていただけないかー、
とか思いまして、ですね」サロンの責任者が見てくれるという。すかさずマッキントッシュの17インチを広げる。ここまでいけば、あとは作品がウケるかどうかの勝負だ。
「みんな、ジャポンのフォトグラファーの作品だって、見にこいよ」その声にスタッフが集まってくる。全員が食い入るような視線で僕のスライドショーの作品を見ている。「セボン?(どうっすか?)」「クール(カッコいいじゃん)」ウケた、と踏んで僕は一気にまくしたてる。「それでですよ、マレ地区のモデルエージェンシーがタダでファッションモデルを貸してくれるので、ヘアメイクをやってくれませんか?そのかわり、そちらの作品も撮ります。写真はデジタルのCDRで渡します。どうでしょう?」
「オッケー、そいつはいい。やろうゼ」バッと、握手を求めてくる。ハヤい。即決。あっけない程、うまくいった。

意気揚々とその足でモデルエージェンシーへ向かう。開口一番、マダム ラベルに言った。「アイ キャン コーディネイト(手配はできました)。トニーアンドガイ パリがヘアメイクを担当します」マダムは少し驚いたような表情をみせる。「オーケー、よく出来たわネ」さも何でもない、という表情で僕は肩をすくめてみせた。
撮影日程は次の日曜日に決まった。

以下、次号へと続く。

<前号のあらすじ>
2004年7月 陽の長い季節のパリに行くべく僕は急遽、猛暑の日本を脱出。モデ
ルエージェンシーの人とカフェで知り合い、パリでモデル撮影をすることになる。
ところがパリではヘアメイクをはじめ、誰も知り合いのいない孤立無援の状態。そこで、トニーアンドガイ パリというヘアサロンに飛び込みで行き、協力をお願いする。交渉に成功し、僕はパリでファッションモデルを撮影する手はずとなった。


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ディナールへ

2004年7月16日金曜 8:30am 僕はプラスディタリーにいた。パリ在住の
親友でカメラマンの神戸シュンさんがディナールで写真展を開く。そのレセプションに出席するため、パリから一泊の小旅行に行くことになった。旅行のメンバーは神戸シュンとその妻アドリアナ、ひとり息子のユリオ、友人のカメラマン、フランソワとアルベール、そして僕の6人。ディナールはパリから約400km離れたフランス北西部の大西洋岸に位置する港町。。僕らは2台の車に分乗してパリを出た。途中、高速道路のパーキングで昼食。神戸さんの妻アドリアナ手製のサンドウィッチだ。パリから車で1時間ほどしか離れていないのに、周囲はもう田園風景。僕がすかさずデジタルカメラで撮っていると、神戸さんが声をかける。「こんな風景、珍しいですか?」「地平線ですよ。東京じゃあ、まず見られませんよ。僕にとっては、珍しい風景です」
 自動車レースで有名なル・マンを過ぎ、やがてディナールへ。海が見えてきた。空
にはカモメが舞っている。黒いスレートぶきの屋根にレンガ造りの建物。ここディナー
ルは、海岸沿いに別荘の建ち並ぶ、旧くからの高級保養地。海のある軽井沢といった
ところか。地元の観光協会のホールで神戸さんの写真展は行われた。作品を見るために、わざわざパリからバスに乗って来る人たちもいる程の大盛況。神戸さんも神妙な面持ちでスピーチをしていた。
 レセプションが終わり、皆で海岸に出る。海からの風が心地よい。海辺のレストラ
ンで食事の後、ホテルに子供を寝かせた神戸さんと、僕はカフェで一杯やることにし
た。僕がパリでの顛末を話すと、神戸さんは赤ワインのグラスを回すようにしながら
言った。「へえー、モデルクラブの人とカフェで知り合って、シューティングですか。
いかにもパリらしいですね。ツヅキさん、さすがに日本からストロボまでは持ってきてないでしょう。貸しますよ。」友人の申し出にありがたく拝借させてもらうことにした。
 翌日、ピクニックを楽しんだ後、僕らはパリを目指した。明日はいよいよシューティ
ング。万全の準備とは言えないが、撮影自体はお手のもの。あとは勝手にしやがれだ。僕はルノーのハンドルを握りしめ、パリへ向けてアクセルを踏み込んだ。

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ジュスティナ


約束の日曜がきた。シューティングの日だ。僕はコンタックスのNデジタル、RTSⅢ AriaDのボディにレンズ各種とマッキントッシュの17インチをバックパックにつめる。そして、神戸さんから借りたストロボ3灯の入った大きなスーツケースにスタンドバッグ。さらにマルシェ(市場)で買ったバラの花束を引っさげていた。持って歩けない程ではないが、さながら夜逃げを画策する求婚者のようないでだちに、タクシーに乗ることにした。トニーアンドガイ パリに着き、まずはヘアスタイリストのブノワ氏とエマニュエルと打ち合わせ、イメージを伝える。さらにモデルのジュスティナに撮影の流れを話す。拙いフランス語に英語が混ざる。本当に通じているのだろうか。その不安は次第に解消されていく。あどけない少女のようなジュスティナが、ヘアスタイルとメイクによってセクシーな大人の女性へと変身していく。どうだい、という顔でブノワ氏が僕を見る。「オーケー、ブラボ(スゲエよ)」ヘアスタイリストもカメラマンも、お互い職人同士。多少、言葉が通じなくてもイメージは伝えられたようだ。外が雨のため、撮影はサロン内をスタジオにして撮ることにした。マッキントッシュでカラーと露出をチェックしながら撮影を進める。トニーアンドガイの用意したモデルも撮るので計7名。汗をダラダラ流しながらライティングをチェンジしていく。限られた場所、限られた機材、限られた時間。その制限の中で、自分の技術と情熱をどこまで表現できるか。ジュスティナの撮影を終え、画像をマッキントッシュでチェックする。「スゴイわ。あなたの撮った写真はどれもこれもいい。選べないくらいよ。こんなのは初めて」ジュスティナが驚きの声で言う。モデルに喜んでもらえる。カメラマンとして至福の瞬間。「ありがとう。君がすばらしいからだよ」額の汗を拭い、ジュスティナと握手をする。写真というコミュニケーションに感謝しながら。
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パリの日常


撮影した画像はCDRで納品することになっていた。そこで、僕はCDRを買うためにFNAC
(フナック)へと向かった。フナックは日本でいえば、ヨドバシカメラのような家電
量販店。パリ市内にあるため、外観は日本のようなケバケバしいネオンの看板はない。また日本の家電量販店だと、店内に入ると思考力を奪うような音楽が流れていることが多いが、パリのFNACでは特に音楽は流れていない。キャノン、ニコン、ソニー、エプソンといった日本のメーカーのデジタルカメラ、パソコン、プリンターが売られている。しかし、モデル名が微妙に違っていたり、品揃えも日本の方が多いように
感じた。また、値段も日本と比べて2、3割は高いといった印象。フランスではデジタルカメラやパソコンに高価品としての税金がかかるそうだ。
 CDRを買って部屋に戻る。パリでは友人カメラマンY氏の部屋に滞在
していた。Y氏は、ちょうどボルドーに撮影に行っていたため、彼の部屋で僕は
パリでの一人暮らしとなった。マルシェ(市場)で買ってきた鳥肉のローストとリゾットを食べながら、画像をCDRに焼いていく。
 出来上がったCDRを持ち、早速、モデルエージェンシーへ。オフィスにはモデルのジュスティナも来ていた。マネージャーのマダム・ラベルとジュスティナ
は食い入るようにマッキントッシュの画面を見つめている。画像を見終わったマダム・ラベルが一言。「トレ・ボン(すばらしいわ)」
 その後、トニーアンドガイ パリでも作品を見せる。出来映えに満足した彼等から2日後の夜に行われるファッション・ショーも撮って欲しいと頼まれた。



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ラスト・シューティング


7月22日7:00pm。この季節のパリでは、まだ明るい時間。日が暮れるのは夜の
9時を過ぎてからだ。この日、トニーアンドガイ パリのスタイリスト、ヤンが15
人のモデルを使ってファッション・ショーをする。そこで、僕はモデルのスタイリン
グが出来次第、街で撮影することにした。一人のモデルを撮影する時間は2、3分。
スピードが要求される。フランス人のカメラマン、フランソワにアシストを頼み、日
中シンクロのライティングで猛スピードで撮っていく。半裸に近い女性モデルをパリ
の街頭で撮影していると、何人もの警官がやってきた。ヤバイ、何か言われるかも。
もちろん街頭での撮影許可は取っていない。違法かどうかもわからない。捕まえたけ
れば、捕まえろ。あとは勝手にしやがれだ。大声でモデルに指示を出しながらバンバン撮っていく。振り返ると見物の人垣ができていた。警官達も、モデルの過激なファッションを見て喜んでいる。「ブラボー、ニンジャ」の声が後ろからかかる。激しく動き回る僕の撮影スタイルを面白がっているらしい。見物を楽しんだ警官達は、一言も注意せず、何事もなかったように歩み去って行った。ホッとする時間もなく、近くのクラブでショーが始まる。走って現場を移動する。
 ショーの撮影も終わり、サロンで皆とマッキントッシュで画像をチェックしていく。
「私の写真を見せて」とモデル達が次々とやってくる。写真のアガリに満足すると僕
の頬にキスをしてくれた。パリでは別れ際の挨拶なのだが、わかっていても嬉しかっ
た。もう「仲間」と呼べる程、親しくなれたトニーアンドガイのスタッフ達が次々と
握手を求めてくる。「お前はジャポンからきたナンバーワン フォトグラファーだ」
と人なつこいニコラがウィンクをする。「今日のスタイリングは最高にクールだったぜ」と僕もこたえる。互いに肩をたたき合い、ひと仕事を終えた喜びをわかちあった。


パリはパリさ


借りたストロボを神戸さんに返却するため、アシストをしてくれたフランソワとタクシーに乗る。神戸さんの家で皆で祝杯をあげた後、フランソワにあらためて礼を言う。再会を約し、フランソワと別れた。僕と神戸さんは夜風にでもあたりにいこうと、歩いてセーヌ川の河岸へ向かう。夜中の2時になろうという時刻にも関わらず、セーヌは多くの人が夏の夜を楽しんでいた。ノートルダム寺院の見える河岸に二人で腰をおろす。夜が明けたら、僕は日本への飛行機に乗らなければならなかった。この2週間のこと、パリの友人達、そして、出会った人達に対する感謝の気持ちで胸がいっぱいになった。僕らは、ビールの瓶を持ち上げ、セーヌ川にむかって乾杯をする。「Paris est Paris(パリ エ パリ)」と神戸さんが言う。「どういう意味」とたずねると、「『パリはパリさ』ってことですョ」

「パリはパリ、、、か」心地よい夏の夜風が吹きわたる。
セーヌに映るパリの灯を眺めながら、またパリに来ることになるな、と僕は思った。

夢の続きを見るために。


「勝手にしやがれ 番外編 Paris est Paris 〜パリはパリさ〜」 完。

<あとがき>
この時に撮ったジュスティナの写真はロンドンのトニーアンドガイのワールド
ヘアファッションブックにフランスで2作品しか選ばれない中のひとつに
選ばれました。幸運に感謝します。

さて、ヴァカンスの季節も終わりこれから本格的にパリでモードの写真を
撮っていこうと思っています。このブログを読んでいる関係者の方。
スタイリスト、ヘアメイク、デザイナーの方がいらしたら、ご連絡下さい。
作品をつくりあげることに興味がある方にご協力をお願いします。アルバイト
感覚の方はご遠慮願いたい。よろしくお願いいたします。

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by paris-tsuzuki | 2005-08-26 09:18 | エッセイ
2005年 08月 26日

パリからの花束 vol.6 薔薇のくちづけ

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Au nom de la rose
パリに何軒もあるバラ専門の
花屋。

店頭には無数の種類のバラが
無造作に並べられている。
微妙な色の違いが美しい。
バラは花のなかでも特別。
美しく華やかな女性といった
ところだろうか。

美人揃いのバラの中でも
彼女の存在感は極めつけ。
キスを求める口元が私を
撮ってと言っているよう
だった。

Au nom de la rose
87 Saint-Antonie  4区

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by paris-tsuzuki | 2005-08-26 05:30 | パリの花